労働条件の不利益変更(賃金切り下げ)について

 新型コロナウイルス感染の影響により、経営の先行きが不透明な中、どのようにこの危機を乗り切るか、日々対応に苦慮されているのではないでしょうか。 今後、さらにこの状況が続けば、人件費削減の為に整理解雇などを検討しなければならない状況に陥ってしまうことも懸念されます。 今回は、いきなり整理解雇に踏み切るのではなく、一度賃金の切り下げについても検討の余地をいただければと思い、『労働条件の不利益変更(賃金切り下げ)』について紹介させていただきます。


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Ⅰ.労働条件の不利益変更(賃金切り下げ)について

 賃金などの重要な労働条件を不利益に変更する場合、『極度の業務上の必要性』がある事が求められます。この『極度の業務上の必要性』があるかないかについて、過去の裁判例を見てみると、企業の経営判断は尊重しつつも、財務諸表の数値データ等を中心に必要性の有無と程度が問われております。また、不利益変更による経費削減効果がわずかであれば、『高度の必要性』を否定する材料ともなり、経費削減の必要性はあっても人件費を削減する必要があったのかどうかが問われるなど、様々な要素で判断されることになります。

つまり、「これ以上は会社がやっていけない」「これ以上は誰かを解雇しなければならない」というような状況であり、それまでに会社ができる限りの努力を尽くしている必要があります。

 次に、この賃金切り下げの対象者についてですが、従業員全員で負担をし、賃金引き下げの痛みをできるだけ公平に分かち合う形とするのが原則とされております。 ある特定層のみを対象とした事例に対して無効という判決がなされた例もあります。


Ⅱ.切り下げの許容範囲

 では、切り下げる賃金はどこまで許容されるのでしょうか。

労働基準法第91条(制裁規定の制限)は、懲戒による減給処分の際に減給額の限度額を定めた条文ですが、労働者の生活を保障する趣旨から、懲戒事由が複数存在する場合でも月例給与からの減給幅を10%以内に抑えなければならないと規定されています。この条文は懲戒処分に適用される規程ですので、今回のような賃金引き下げ(不利益変更)の場面に直接適用されるものではありませんが、労働者の生活に与える影響を考慮しているという点において趣旨は共通しておりますので、この10%以内を目安と見るべきかと考えます。

 ただし、賃金引き下げを実施した場合には、業績が回復した場合に従来の水準に戻してくれるかどうかが従業員の重大な関心事となりますので、不利益緩和の観点、または従業員との信頼関係の面からも、今回の措置が一時的なものである必要があると思います。例えば、賃金切り下げを1年間の時限措置とし、期間満了時点でその時の業績を前提として期間を延長するか検討する方法をとるのが良いかと考えます。


Ⅲ.労働条件変更の手続き

このように労働条件を変更する場合の手続き方法としては、次の3つがあります。

 ① 個別に労働者と使用者の合意を得る方法

 ② 就業規則を改訂する方法

 ③ 労働協約を締結する方法 (労働組合が必要になるため、今回は省略します)

①の個別の合意については、お互いに合意している内容なので原則この方法で対応していただければ後々のトラブルを回避できるかと思います。

②についてですが、原則としては使用者が一方的に就業規則を不利益に変更することはできないと考えますが、下記の2つを満たすのであれば就業規則の改正によっても変更することも可能とされております。

  ⅰ) 変更の合理性

  ⅱ) 変更後の就業規則の周知

 変更の合理性については、労働者が受ける不利益の程度、労働条件変更の必要性、変更後の就業規則の相当性、労働者との交渉の状況などを見て判断されます。 変更後の労働条件が、従業員の生活を脅かす内容であってはなりませんし、変更前と変更後の差があまりにも大きすぎる内容も合理性を否定する要因となってしまいます。


 今回は賃金の切り下げについて紹介させていただきましたが、従業員との信頼関係を損なう形で労働条件の不利益変更を強行すれば、企業運営に「人」の面から致命的なダメージを発生させかねません。労使間の信頼関係をどう維持、継続させていくかに細心の注意を払う必要があるかと思いますので、現在会社が置かれている状況、今後の予想、回復の見込み、回復後の処遇などについて丁寧に説明し、理解していただくことが必要と考えます。


 一般的な内容で紹介させていただいておりますので、この通りに対応していれば大丈夫というものではありません。先にも述べましたように、不利益変更が適法かどうかは個別の様々な状況を勘案し判断されますので、今後、労働条件の不利益変更等を検討される場合は、お近くの社会保険労務士にでも事前にご相談いただければと思います